苦難をくぐりぬける唯一の防御手段とは/『不運は面白い 幸福は退屈だ』佐藤愛子著
今日は、90代でご活躍の、作家の佐藤愛子さんのご著書『不運は面白い 幸福は退屈だ』からご紹介しますね.。.:*・°
佐藤愛子さんは40代の時に、事業で失敗した元夫の数千万という借金を背負い、返済のためにテレビ出演や全国の講演に飛び回り、小説やエッセイも多数執筆されます。
倒産や離婚の実体験をもとに書かれた短編集『戦いすんで日が暮れて』(講談社文庫)は、1969年に直木賞を受賞。
どんな逆境も、佐藤さんのフィルターを通せばユーモアに転じてしまうしなやかさは圧巻です。
私自身が、離婚後のプレッシャーと戦っていた時に、佐藤さんのエッセイをたまたま読んでとても励まされ、考えもしなかった全く違う視点をいただきました.。.:*・°
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12年頑張ってきたおかげで、ようやく安楽になったんだなあ、としみじみ思うのだが、「では今は幸福ですね」といわれると、なぜか考えてしまう。
あの走る火の玉のように毎日を送っていた頃が懐かしいのである。
あの頃は持てるエネルギーをギリギリのところまで燃焼して生きていた。
病気は苦しいが、死ぬことを心配したことはなかった。
39度の熱でも講演が出来た。
飛行機の中で原稿を書くことができた。
借金は働けば返せるのである。
財産が何もないということは、これ以上なくなる心配はないということだ。
何も怖いものはなかった。
盆も正月もない。
ただ前進あるのみ。
あれこそ幸福というものではなかったのかと、今60歳の私は思うのである。
「したくない仕事もしなければならなかった」ということは不幸のようだが「したくない仕事もやれた」と考えれば、不幸の陰は薄らぐ。
あの頃は良かった・・・幸福だった、と私は思わずにはいられない。
一途に苦労と闘えたということは、何にも勝る幸福ではなかったか。
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無我夢中で、人生の嵐の時期をかけ抜けた佐藤さんが、すべての借金も返済し、それまでの道のりを振り返った時に、「懐かしく幸せな時」とおっしゃったことに、胸を突かれました。
佐藤さんは、それまで生きることに忙しく、自分が幸福か不幸かと考える暇さえなかったそうです。
佐藤さんは苦難に見舞われるたびに楽天的になってゆき、思うようにならない現実に突き当たっても、自分の価値観を変えれば様相は一変することをつかんでゆきます。
それが悲境をくぐり抜けるための、佐藤さんの唯一の防御手段でもありました。
その年齢にならなければ分からない境地があると思いますから、私は年配者の方の文章やインタビュー記事を読むのが好きです。
自分が渦中にいるときには見えないことを、さりげなく教えてもらえるのは、本当にありがたいことです。
最後に佐藤さんの言葉で締めくくりますね.。.:*・°
「私は強い女だとよく言われる。私は「強い女」ではなく「強くなった」女なのだ。私は火の手に迫られてタンスを担いでいるうちに、腕の力が強くなって力持ちなった。二度の結婚の不幸が私を鍛え、私の中に潜在していたものを引き出してくれた。私はそう思う」